「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」 イエス・キリスト(マタイ11:28)
不安の時代
混とんとした今という時代、不安と恐れが世界を覆っています。
次々に起きている凶悪な事件。青年たちが被害者となり、加害者ともなっているニュースを見て、心を痛めているのはわたしだけではないと思います。青年たちが受験戦争やいじめなど教育問題、家庭の不和や様々な社会の圧力で、ストレスと不安を募らせています。社会全体がいつ「キレ」てもおかしくない精神状態にあります。
「不安の時代」、「不透明な時代」と言われて久しくなります。あの大震災後、「ものから心ヘ」と叫ぱれたこともありました。ところが、連続する新興宗教の醜聞事件で人々が宗教離れしているのが現実です。一体何を信じたらよいのか……。
「神によりて安し」
「静けき川の岸辺を」という美しい讃美歌があります(讃美歌 520番)。折り返しで「こころ安し、神によりて安し」と歌われます。この讃美歌を書いたのは、H・スバフォード。大火と客船の沈没事故という二つの災害によって家族と家財のすべてを失つたアメリカのクリスチャン法律家でした。無一物となった彼に残された唯一の宝、それは神をもつ安らぎでした。
小さなこどもが不安に泣くのはいつでしょうか。母の胸にいない自分に気がついたときです。人の不安の最大の原因は、魂が神がら離れていることにあります。
「神よ、あなたはわたしの霊魂をあなたに向けてお造りになりました。だからあなたの内に憩うまでは、本当の平安を見いだすことができませんでした。」(聖アウグスチヌス)
キリストの十字架の死を目撃した弟子たちが、人生の希望を見失い、深い悲しみと恐れの淵にあったとき、復活のキリストがお立ちになり、「安かれ」と言われました。弟子たちの必要が何なのか、イエスは知っておられました。それは、イエスとの出会い、神との出会いにおいて与えられる安らぎでした。
「教会こそわたしの家」
「教会こそわたしの家」という讃美歌があります。教会の中にこそ、あなたの魂の家があります。神は教会を通してそのみ言葉を伝達されます。教会は今を生きるキリスト、と表現されています。あなたは教会で人と神、人と人の信頼と愛を見つけることができるでしょう。そこに心の安らぎがあります。 あなたの町のあなたの教会に、ぜひ足をお向け下さい。
「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜(けんそん)な者だから、……わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。」(マタイ11:28〜29)
『ぶどう樹』533号(2000年7月)

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