神は愛だからです


主われを愛す

作家の井上ひさしさんのモットーは「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを面白く」ということだったそうですが、それを思わせるこんなエピソードがあります。
20世紀を代表する偉大な神学者カール・バルトが晩年、アメリカのハーバード大学で講演をした時のことです。
一人の学生が尋ねました。「先生の書物はどれも深遠です。先生は聖書から何を学ばれ、何を伝えようとされたのでしょうか。わかりやすくひと言で教えてください。」
出席していた人たちは、彼がどのように答えるか、身を乗り出してその答えを待ちました。すると、彼は楽しげに鼻歌をまじえてこう答えたのです。
「Jesus loves me! this I know, for the Bible tells me so.(イエスはわたしを愛している。聖書はそう言っています。)」有名な賛美歌「主われを愛す」の一節です。


イエスに愛された弟子

イエスの最初の弟子の一人にヨハネという若者がいました。彼はイエスの弟子となった日のことを、「その日は、イエスのもとに泊まった。午後四時ごろのことである」(ヨハネによる福音書 1:39)と、時間まで記し、まるで昨日のことのように感動を込めて書いています。
その日から始まったイエスとの親しい交わりは、ボアネルゲス(雷の子ら)とあだ名されるほど激しい気性の持ち主であった彼を、やがて最もキリストに似た、愛の人へと変えてゆきました。
ところで、ヨハネが書いたと言われている福音書ですが、実は彼の名前が一度も出てきません。福音書には、それを書いたのが「イエスの愛しておられた弟子」であったと記されているだけです(同 21:20~24)。
「イエスの愛しておられた弟子」、それがヨハネでした。

神は愛だから

もちろん、神は公平なお方であって、すべての人を平等に愛しておられるはずですが、受け取り方は自由です。ヨハネは自分のことを「イエスに愛された弟子」と呼びたかったのです。
もちろん、自慢するためでも、彼の勘違いでもありません。彼も、まちがいなくイエスに愛されていたからです。
弟子たちの中でただ一人長命であったヨハネのもとに、晩年、多くのクリスチャンが話を聞こうと集まって来ました。彼は決まってこう話したと言われています。
「愛する者たち、互いに愛し合いましょう。愛は神から出るもので、愛する者は皆、神から生まれ、神を知っているからです。愛することのない者は神を知りません。神は愛だからです。」(ヨハネの手紙一 4:7~8)

あなたも

セルフイメージが低く、ほんとうの自分を探している現代人に、今もヨハネは同じことを語り続けています。この新しい年に、ほんとうのあなたを聖書の中に見つけてください。イエスに愛されているあなたを。
「イエスはわたしを愛している。聖書はそう言っています。」
「神は愛なり!」

『ぶどう樹』707号(2015年1月)


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